国際がん研究機関(IARC)の発がん性評価

IARCの発がん性評価方法

IARCは1965年に発足したWHOのがん研究専門組織で、化学物質(例:ホルムアルデヒド)、複雑な混合物(例:大気汚染)、職業的ばく露(例:コークス生産)、物理的作用因子(例:太陽光)、生物学的作用因子(例:B型肝炎ウィルス)、個人の嗜好(例:喫煙)等の各種作用因子によるヒトへの発がんハザードの同定を行っています。「ハザード(hazard:有害性)」とは、ヒトに危害を及ぼす可能性のある因子をいいます。一方、「リスク(risk:危険度)」とは、ハザードによって生じる恐れのあるけがや疾病の重篤度とその発生する可能性の度合いをいいます。例えば、タバコは肺がんや心血管疾患等の疾病の「リスク」を生じる可能性のある「ハザード」ですが、喫煙という行為に及ばなければ、タバコの存在自体が「リスク」を生じることはありません。

IARCの発がんハザードは、ヒトでのがんの証拠(疫学研究)、実験動物でのがんの証拠、発がんメカニズムの証拠の強さに基づき、下表のように分類されます*1

証拠の流れ 証拠の重みに基づく分類
ヒトでのがんの証拠 実験動物でのがんの証拠 発がんメカニズムの証拠
十分 不要 不要 ヒトに対して発がん性がある(グループ1)
限定的または不十分 十分 強い(ばく露されたヒト)
限定的 十分 強い、限定的、または不十分 ヒトに対しておそらく発がん性がある
(グループ2A)
不十分 十分 強い(ヒトの細胞または組織)
限定的 十分に満たない 強い
限定的または不十分 不要 強い(メカニズム的分類)
限定的 十分に満たない 限定的または不十分 ヒトに対して発がん性があるかも知れない
(グループ2B)
不十分 十分 強い、限定的、または不十分
不十分 十分に満たない 強い
限定的 十分 強い(ヒトでは動作しない)
不十分 十分 強い(ヒトでは動作しない) ヒトに対する発がん性を評価できない
(グループ3)
上記以外の全ての状況

*1 https://monographs.iarc.fr/wp-content/uploads/2019/07/Preamble-2019.pdf を基に作成

これまでに分類された作用因子の例を下表に示します*2

分類 これまでに分類された作用因子の例(2020年2月18日最終更新)
グループ1:
ヒトに対して発がん性がある
アスベスト(全形態)、カドミウム及びカドミウム化合物、電離放射線(全種類)、太陽光、紫外線(波長100-400 nm)、紫外線を照射する日焼け装置、アルコール飲料、喫煙、受動喫煙、無煙タバコ、ベンゼン、ホルムアルデヒド、2,3,7,8-テトラクロロジベンゾ-パラ-ジオキシン、ディーゼルエンジン排ガス、粒子状物質、ポリ塩化ビフェニル、加工肉(ハム、ソーセージ等)、など
[合計120種]
グループ2A:
ヒトに対して恐らく発がん性がある
無機鉛化合物、木材等のバイオマス燃料の室内での燃焼、概日リズムを乱す交替制勤務、赤肉(哺乳類の肉)、65℃以上の非常に熱い飲み物、など
[合計83種]
グループ2B:
ヒトに対して発がん性があるかも知れない
鉛、重油、ガソリン、漬物、メチル水銀化合物、クロロホルム、超低周波磁界、無線周波電磁界(携帯電話電波を含む)、ガソリンエンジン排ガス、など
[合計314種]
グループ3:
ヒトに対する発がん性を分類できない
原油、経由、カフェイン、お茶、蛍光灯、水銀及び無機水銀化合物、静電界、静磁界、超低周波電界、有機鉛化合物、コーヒー、マテ茶(高温でないもの)、など
[合計500種]

*2 https://monographs.iarc.fr/agents-classified-by-the-iarc/ を基に作成


このIARCの発がんハザード同定は、対象とする作用因子の「発がん性の強さ」を定量的に分類したものではなく、「発がん性についての証拠の強さ(確からしさ)」を定性的に示すものであるという点に注意が必要です。つまり、上位の分類にある作用因子が、下位の因子よりも発がん性が強いということを必ずしも意味しません。また、この評価はあくまでも発がん性に関するものであり、発がん性以外の毒性(がん以外の疾病への影響、催奇形性、生殖毒性、免疫毒性、等)とは無関係です。

なお、IARCは2019年1月にモノグラフの前文(Preamble)を改定しました*3。その際、従来の「グループ4:ヒトに対して恐らく発がん性はない(probably not carcinogenic to humans)」は廃止されました。これにより、グループ4に分類されていた唯一の作用因子であるカプロラクタム(ナイロンの原料)は、グループ3に格上げされました。


*3 IARC Monographs Preamble – Preamble to the IARC Monographs (amended January 2019) https://monographs.iarc.fr/iarc-monographs-preamble-preamble-to-the-iarc-monographs/


各グループは、ヒトにおける証拠(疫学研究)と実験動物における証拠の強さに基づき、下記のように分類されています。

例えば、ヒトにおける証拠が「限定的」で実験動物における証拠が「十分に満たない」の場合、又は、ヒトにおける証拠が「不十分」で実験動物における証拠が「十分」の場合、グループ2Bに分類されます。

IARCの無線周波電磁界(電波)の発がん性評価結果

2011年5月、IARCは、日本を含む世界14カ国から参加した専門家による検討会を開催し、携帯電話などの無線通信やTV・ラジオ放送などに用いられる電波を含む、無線周波(30kHz~300GHz)電磁界のヒトに対する発がん性評価を実施し、「ヒトに対して発がん性があるかも知れない」(グループ2B)と分類したと発表しました。

IARCは発がん性評価にあたり、ヒトにおける証拠について、次の3つに分類し、入手可能な研究文献について検討しました。

・レーダーおよびマイクロ波への職業的ばく露

・TV・ラジオおよび基地局など無線通信用の電波の環境ばく露

・携帯電話の使用に関連した個人のばく露

その結果、放送局や携帯電話基地局からの電波の環境ばく露が、がんを発症する証拠は「不適当」と評価しました。携帯電話使用に関連した個人ばく露については、検討された文献の1つに、10年以上の携帯電話の使用にともなう神経膠腫などのリスク上昇は全体的には見られないが、一部、携帯電話の累積使用時間が上位10%の人たちだけにおいて、神経膠腫のリスク上昇が示唆されると報告したものがありました。(但し、文献の著者らも、バイアス及び誤差の可能性を認めており、「全体としてリスク上昇は観察されなかった」と結論付けています)また、聴神経腫についてもリスク上昇を示した研究文献を考慮し、神経膠腫や聴神経腫を発症する証拠は「限定的」、その他のがんを発症する証拠は「不適当」と評価し、総合的に「ヒトにおける限定的な証拠がある」と結論づけました。

実験動物における証拠については、一部がん発症率の増加を示す文献があったことから、がんを発症する証拠は「限定的」と評価しました。

これら検討結果からIARCは、無線周波電磁界が「ヒトに対して発がん性があるかも知れない」(グループ2B)と分類したものです。

IARCの発がん性評価に対するWHOの見解

WHOはIARCの発がん性評価を受け、2011年6月にWHOファクトシート193「携帯電話」を改訂し、「携帯電話から発射される電波を原因とするいかなる健康影響も確立していない」という、これまでと同様の見解を改めて示しました。

また、IARCの発がん性評価について「10年以上の携帯電話使用に伴う神経膠腫および髄膜腫のリスク上昇は見られませんでした。使用期間の増大に伴うリスク上昇の一貫した傾向はありませんでしたが、自己申告された携帯電話の累積使用時間が上位10%に入った人々において。神経膠腫のリスク上昇を示唆するものがありました。研究者らは、バイアスと誤差があるために、これらの結論の強固さは限定的であり、因果的な解釈はできないと結論しています。主としてこれらのデータに基づき、IARCは、グループ2Bに分類しました。このカテゴリーは、因果関係は信頼できると考えられるが、偶然、バイアスまたは交絡因子を根拠ある確信をもって排除できない場合に用いられます。」と説明しました。

さらに、脳腫瘍のリスク上昇は確立されなかったものの、長期間の携帯電話使用についての研究データがないためにさらなる研究が必要であり、現在も若年者に関する研究が行われていると述べています。


※原因と考えている要因とは異なる、結果に影響を与える可能性のある要因