【2015-1】変調マイクロ波の情報伝達系への影響評価についての研究(~2016年6月)

研究目的

1980年代、高周波電波ばく露がカルシウムの変動に影響を及ぼすことを主張する論文(以下、Blackman論文)が複数発表されました。また、EUにおいて健康リスクを扱う「新興及び新規に同定される健康リスクに関する科学委員会 (SCENIHR)」では、近年実施された、マウス脳切片(海馬)への高周波電波ばく露においてカルシウム結合タンパク質およびGFAPの発現に影響がみられた研究に注視しています。そこで、3.9世代の携帯電話システム:LTE(Long Term Evolution)を模擬したばく露条件でカルシウム結合タンパク質およびGFAPの発現の変化について再検討することとしました。

研究方法

ラット海馬由来の正常アストログリア細胞および正常神経細胞を用いることとしました。LTEの電波を、周波数:1950MHz、SAR:1, 2, 4W/kg、ばく露時間:2, 24時間の条件とし、1条件あたり3回の繰り返し実験を行いました。正常アストログリア細胞では、GFAP発現量の定量を半定量的RT-PCR法および蛍光免疫染色と蛍光強度の数値化により行いました。正常神経細胞では、カルシウム結合タンパク質であるcalbindin D28-kとcalretininの発現量の定量を、蛍光免疫染色と蛍光強度の数値化で行いました。

研究結果

正常アストログリア細胞について、GFAP mRNA発現解析および免疫染色と画像解析によるGFAP発現量の定量解析を行った結果、いずれの電波ばく露条件においても、GFAP発現量は電波をばく露しないときと変化はありませんでした。正常神経細胞について免疫染色と画像解析によるカルシウム結合タンパク質発現量の定量解析を行った結果、いずれの電波ばく露条件においてもカルシウム結合タンパク質の発現量はLTEの電波をばく露しないときと変化はありませんでした。仮にカルシウム結合タンパク質に著しい減少が見られた場合、細胞内のカルシウム濃度を維持する能力が著しく損なわれ、神経細胞の機能喪失に繋がると考えられます。また、個体レベルでは、がん化、神経退化、認知症に繋がると考えられます。しかし、今回の研究結果ではそれらの状況は見られなかったため、LTEの電波をばく露することによって上記の影響が生じることはないと考えられます。

派生した論文等

・Sakurai T, The effects of long-term evolution (LTE) on primary normal rat astrocytes. BioEM 2015, 37th Annual Meeting of THE BIOELECTROMAGNETICS SOCIETY, PB-82, California, USA, June 14-19, 2015.

用語の補足

・グリア細胞:神経系を構成するが、神経細胞ではない細胞の総称。神経組織の恒常性を維持し、神経の信号伝達に関与する。神経膠細胞(しんけいこうさいぼう)とも呼ばれる。

・アストログリア細胞:グリア細胞の一種であり、多数の突起を持ち、星のように見えるもの。アストロサイト、星状膠細胞とも呼ばれる。

・GFAP:(Glial Fibrillary Acidic Protein):アストログリア系統の細胞で特異的に発現し、脳内のアストログリア細胞のマーカーとして広く利用されるタンパク質。

・calbindin D28-k、calretinin:カルシウム結合タンパク質。calbindin D28-kは細胞内カルシウム濃度を緩衝し、細胞内カルシウム濃度センサーの役割を担う。calretininは細胞内カルシウム濃度を緩衝する他、カルシウム依存性の情報伝達に関与し、悪性中皮腫の陽性マーカーとして用いられる。